野田の近代建築見学会レポート~醸造家のまちに残る建築文化~
- 2025/11/06
先月になりますが、10月18日に開催された建築家協会千葉大会のイベント「建築文化に触れる 醸造家のまち 野田の歴史と近代建築」講演・見学会に参加してきました。
醸造業で栄えた野田市に残る歴史的建築を訪ねたり、設計者や時代背景、まちづくりの講演を聞いたりと貴重な体験ができた1日でした。見学した建物の様子をレポートします。
興風会館:野田に残るアールデコ建築

興風会館は昭和4年(1929年)竣工、野田醤油株式会社(現キッコーマン)の福利厚生施設として建てられた建築です。設計は大森茂さん。設計者についての講演もあり、駿河台に明治大学の旧校舎や、細川侯爵邸など数多くの建物を手掛けていたことも知りました。残念ながら早くお亡くなりになっているそうで、働きすぎだったのかもしれません。
講堂に入った瞬間、その空間の質の高さに圧倒されました。舞台を囲む白い階段状のモールディング、天井の装飾的なコーニスワーク。アールデコ様式の洗練された空間が広がっています。

特に印象的だったのは、細部に至るまでの仕上げの精緻さです。照明器具は、青い天井に設置されたものは八角形のフレームに繊細な透かし彫りが施され、吊り下げ式のシャンデリアも、チェーンの扱い、シェードのデザインに高い工芸技術が注がれています。


階段のディテールも見事です。コンクリート造の階段には、段鼻部分にグリーンのガラスタイルが配され、視認性と意匠性を両立させています。腰壁の二色使いの塗装仕上げは、階段空間に変化とリズムを与えています。

玄関ポーチのアーチは、人造石洗い出し仕上げによる重厚な表情を持ち、ラインのエッジが利いたディティールも秀逸でした。

福利厚生施設でありながら、決して手を抜かず最高水準の空間を追求した姿勢には、設計者の建築技術水準の高さと、施主の文化事業への本気度が感じられます。
茂木本家美術館:建築的魅力満載の私営美術館
メインプログラムの近代建築ではないのですが、お昼のフリータイムに茂木本家美術館を訪問しました。茂木本家美術館は、醤油醸造業を営んだ茂木家のコレクションを展示する私営美術館で1989年竣工です。

過度に主張することなく、しかし存在感を失わない絶妙なバランスで佇んでいる姿が印象的です。周辺環境に配慮した高さをおさえたボリュームで、野田の歴史的町並みとも調和しているように感じます。
館内では、私営美術館ならではの自由な空間構成が楽しめました。展示室の形状は多角形や不整形の平面を採用している箇所もあり、これは公共美術館では実現が難しい試みです。
特に印象的だったのはトップライトの扱いです。自然光が絶妙にコントロールされ、柔らかな拡散光が作品を照らします。時間帯や季節によって変化する光の表情も、鑑賞体験を豊かにする要素として計画されているように感じました。

お庭もモダンなアート空間になっていました。
庭園内の奥にある荷神社では、小規模ながら、見事な木彫装飾が見られます。蟇股や虹梁の彫刻には江戸時代後期の職人技術が凝縮されていて、その精巧さに感動しました。


お稲荷さんゆえに、狐の嫁入り。一見の価値ありです。
野田市市民会館(茂木佐平治家旧宅)の空間美
野田市市民会館は、キッコーマンの創業家の一つである茂木佐平治家の旧宅とその庭園を、市が譲り受け公開している施設です。大正期の建物です。

書院造の座敷は、格式の高さと居住性を兼ね備えた空間です。天井の意匠も多彩で、格天井、竿縁天井、網代天井など、部屋の格式に応じて使い分けられています。

書院座敷は欄間の透かし彫りが意匠のポイントとなることが多いですが、こちらは竹を組み合わせたもの。壁に枠を入れない、漆喰の塗り回しで仕上げているのも特徴的です。

こちらはまた別の、珍しい円のデザイン。

小さいながら意匠性が高く、全体の質を底上げしています。
以前は庭園の奥に別の建物があったそうで庭の形は変わっているそうですが、現在も丁寧に維持管理された庭の景色がこの空間を特別なものにしています。庭園と室内を一体化することにこだわった日本家屋の基本形を踏襲しています。
座敷に座り、障子越しに庭を眺める。この行為が、日本建築における空間体験の本質です。縁側は内と外の中間領域として機能し、庭への視線を誘導する装置でもあります。
現代建築がしばしば忘れがちな、周囲の自然環境まで含めて設計するという視点。野田市市民会館は、その重要性を改めて認識させてくれる建築でした。
室内の意匠がいかに優れていても、それだけでは不十分です。建築と庭園を一体として整えることで、初めて上質な空間が生まれるのだと感じました。

歴史的建築の保存と地域活性化
興風会館は現在も多目的ホールとして使用され、野田市市民会館は市民に開放され、それぞれが今も地域の中で生きています。
いい建物を残して、実際に使い続けることと、地域が元気になることは、どこかで繋がっているのかもしれません。
野田の一日は、素敵な建築をゆっくり見て回る、贅沢な時間でした。醸造家のまちに残る建築たちが、これからも多くの人に愛されていくといいなと思います。

















